八百万の神様たち

生みの親を死に至らしめ、己も斬殺されるという悲しい出生を背負った火の神様のおはなし☆

花子ちゃん
花子ちゃん
生みの親を死に至らしめ、己も斬殺されるという悲しい出生を背負った日の神様。やがて、母神とともに火伏せの神様として祀られるようになりました。

炎の化身 カグツチ

火は私たちの生活には欠かせないものです。今でこそ電力が肩代わりする部分も増えてきましたが、火がなければ私たちのご先祖様も生きながらえることはなかったといっても過言ではありません。

命をつないできた火ですが、その一方で扱いを間違えば、やけどを負わせた利、火事を起こしたりと、大変な事態を引き起こします。特に日本の家屋は木造が中心だったため、1軒の火事から大火事が起こってしまうこともありました。

このように、ありがたさと恐ろしさの両面を持つ火の神様を「カグツチ」といいます。カグツチ島々や自然を生み出したイザナキとイザナミの間に生まれた子供です。カグツチの「ガグ」とは、揺れて光るという意味で、「チ」は神様の力のことです。つまり、ゆらゆらと光輝く神様。まさに火そのものといえますね。

カグツチを生んだために、イザナミは大やけどを負い、苦しみながら死んでしまいます。火は、この世を生み出した女神が最後に命がけで送り出したものですが、ほどなくしてカグツチは、妻の命を奪ったとしてイザナキの逆鱗に触れて、斬り殺されてしまします。

このときのカグツチの血から剣の神様などが生まれました。まさに火から文明が生まれていったのです。

火の神様・カグツチと母のイザナミは、時が経つにつれて火事を防いでくれる神様になっていきます。カグツチが祀られたのは静岡県浜松市にある秋葉山本宮秋葉神社。江戸時代には「秋葉大権現(アキハダイゴンゲン)」と呼ばれ祠や神社が建てらるようになりました。

本殿にイザナミを、若宮にカグツチを祀る京都府京都市の愛宕(アタゴ)神社は、全国の愛宕神社の本社。「火迺要鎮(ヒノヨウジン)」と書かれた愛宕神社の防火・火除けのお神札は、京都では多くの家庭の台所や飲食店の厨房に貼られています。

火の神様と防火に励む


防火祭(ヒブセノマツリ)

空気が乾燥し、火事も起こりやすくなる12月、全国各地にある秋葉神社の本社、秋葉山本宮秋葉神社では「秋葉の火まつり(防火祭)」が行われます。

火まつりの舞台となるのは、境内の神楽殿。毎年12月16日の夜に、翌年の豊凶作を占う「弓の舞」、人々の罪やけがれを切りはらう「剣の舞」、そして、本殿のご神燈から火をうつした松明を手にした神職による「火の舞」を奉納します。

闇に包まれた舞台上で揺れ動く松明と激しい舞は、カグツチの聖なる力の象徴。火災除けはもちろん、厄除けや病除けを願う幻想的な神事です。

愛宕さん(アタゴ)

カグツチは京都にも住まいをもっています。愛宕山の頂上に鎮座する愛宕神社です。カグツチの京都での愛称は「愛宕さん」。防火と鎮火の神様として親しまれてきました。

先ほど紹介した「火迺要鎮」のお神札のほかにも、3歳までに参詣すれば一生火事に遭わないといわれている「愛宕の三つ参り」や建造物の無事を祈る上棟式で同社の火伏せのお神札を棟木に貼り付ける風習が受け継がれています。

秋葉原(アキバハラ)

かつて電気街として、今ではアニメやアイドルの聖地として国際的観光地になった秋葉原(東京都千代田区)。この名の由来にはカグツチが関係しています。「火事と喧嘩は江戸の華」は江戸時代の東京を謳った言葉ですが、木造家屋が密集していた江戸の町では大火事が頻発し、そのたびに多くの人が亡くなりました。現代のように大量の水をくみ上げて散水する技術のなかった時代に人々が頼ったのがカグツチです。防火を願、秋葉山本宮秋葉神社に参詣する「アキハモウデ」を盛んに行いました。

明治時代になってからも、東京は火事に見舞われます。国民の安全を願う明治天皇は、現在の秋葉原にあたる地区に設けられた延焼を避けるために空地、「日除地(ヒヨケチ)」に鎮火社(鎮火神社)を創建し、カグツチをはじめとする神様たちを祀りました。防火の神様といえばカグツチ、そして秋葉神社ということで、人々は鎮火社を「秋葉さん」「秋葉社」と呼び、やがてこの地も「秋葉原(アキバハラ)」と呼ばれるようになりました。

その後、鎮火社は路線敷設と駅設置にともない台東区松が谷へ移されました。現在は秋葉神社へと改称しましたが、今でも火伏せの神様として信仰されています。そして、鎮火社の跡地に誕生したのが秋葉原駅。火の神様がこの地で都民を守っていたことを伝える由諸ある地名です。