八百万の神様たち

知って納得!! 古代の神祭と神社のおはなしだよ~☆

神社のはじまり

神社はいつごろ生まれたのでしょうか?
はっきりさせることはできませんが、日本ではとても古く、4世紀(古墳時代)には神様に感謝をささげたり祈祷したりする「神祭り」を行っていました。

この当時は、神様は神祭りを行う時にだけやって来ると考えていたようで、神社のような常設の建物はなく、お祭りごとに場所を整えていました。

どんな所にやって来ると考えていたかというと、形のいい山や、大きな岩、つねに青々とした常緑樹などに宿るとされていました。

神の宿るものを「依り代(ヨリシロ)」といいます。
依り代となる山を「神体山(シンタイザン)」、岩は「磐座(イワクラ)」、木は「神木(シンボク)」や「神籬(ヒモロギ)」といいます。ときには、人に神が宿ることもあり、その場合は「依坐(ヨリマシ)」といいます。

宗像大社沖津宮のある沖ノ島(福岡県宗像市)は、古くから日本と大陸をつなぐ交通の要所となってきました。沖ノ島にはとても貴重な祭祀の遺跡があります。

4世紀と推定される遺跡には、大きな岩の上に石を置き、祭祀を行っていた痕跡がみられますし、5世紀の遺跡からは、岩の陰から神へのお供物が見つかっています。

これは岩の上から岩陰に、祭祀の場が移ったことを意味し、さらに時が経過すると、少し離れた所から岩を拝むようにして祭りを行うようになった痕跡もあり、遺跡が神社誕生以前の状況を知る手がかりを与えてくれています。

こうした神祭りの状況が変化し、常設の建物である神社を設けるようになった背景には、6世紀に日本に伝わった仏教の存在が大きいと考えられています。

仏教にはお寺がつきのも。祈り場としての建物をつくるという発想が日本の神祭にも影響を与えてきました。

仏教のきっかけでも、お寺をまねた神社をつくったわけではなく、神社は日本古来の建築様式でつくられました。

伊勢神宮(三重県伊勢市)などでみられる「神明造(シンメイヅクリ)」と呼ばれる建築様式は、弥生時代の代表的な建築である高床式倉庫の流れを受けたものとなっています。日本オリジナルを追及して神社をつくってきたといっていいかもしれません。

ちなみに奈良県桜井市の大神神社は、神様のいる本殿がありません。神が宿る三輪山を拝殿から直接拝む形になっていて、今もこうした古代日本人の神祭りの姿を残している神社もあります。