八百万の神様たち

金銀財宝を積んだ宝船に乗ってやって来る神様たちのおはなし☆

花子ちゃん
花子ちゃん
金銀財宝を積んだ宝船に乗ってやって来る神様たちは、富と幸せの象徴。海に囲まれた日本だからこそ生まれた神様ご一行です。

七柱の神様たち

ニコニコ笑って宝船に乗る七柱の神様たち。「柱」は神様を数えるときの助数詞です。七福神信仰は、京都の商人たちがはじめたため、特に財にまつわる福の請負人が集められました。結成は室町時代で、古くから聖なる数字とされていた「七」に神様を組み合わせたといわれています。絵や彫刻として飾ることで、次第に日本中で親しまれるようになり、現代でも宝くじの保管袋に七福神が描かれています。

四方を海に囲まれた日本には、古くからか「良いものが海の向こうからやって来る」というイメージがありました。にぎやかな風体の七柱が福を積んでどんぶらことやって来る…。想像するだけで縁起が良さそうです^^

七福神のメンバーは、恵比寿、大黒、毘沙門天、弁天才(弁財天)、福禄寿、寿老人、布袋の七柱。江戸時代には、福禄寿と寿老人が同じ神様とされ、美女と名高い吉祥天や、お酒が大好きな架空の動物・猩々(ショウジョウ)を入れて七柱とすることもあったそうです。

七福神は、出身地もバックボーンとなる宗教も異なります。もともとは人間だった神様までいます。それをひとつのグループにして信仰するのは、すでにあるものから優れた部分を取り出し、組み合わせるのが得意な日本人ならでは^^ 文化の違う諸外国との触れ合いが進む今だからこそ、七福神のおおらかさが光ります。

宝船に乗り込んだ七柱


恵比寿(日本出身)

釣り竿を持ち、鯛を小脇に抱えている漁業の神様です。海の向こうからの漂流物を「エビス」と言ったことから、この名で呼ばれるようになりました。大漁をもたらすため、今では商売繁盛担当として活躍。お酒が大好きで、ビールの銘柄にもなっています^^

大黒天(インド×日本出身)

米俵に乗って、打ち出の小槌を振っている陽気な神様です。インドでは台所の神様をしていました。日本に伝わったときに、因幡の白兎を救ったことで有名な神様・大国主が音読みの「だいこく」とつながるので一体化しました。背中の大きな袋は、大国主が背負わされていた兄弟神の荷物ですが、大黒天はたくさんの福を詰めた福袋にしています。

毘沙門天(インド出身)

七福神メンバーの中では珍しい、兜をつけた勇ましい出で立ちです。インドから戦いの神や財宝の神としてやって来ました。強面の神様として福を呼ぶだけでなく、病を追い祓う役目も果たします。

弁才天・弁財天(インド出身)

「弁才天」とは、インドの河の神様サラスヴァティが仏教に取り入れられ、漢訳された名前です。音楽や知恵に長ける才能と、豊かな水という財産を兼ね備えた女神で、「ざい」の字い才も財も使われるのはこのためです。広島廿日市市の厳島神社や湘南の江ノ島、上野の不忍池など、水と関わる場所にお祀りされています。

福禄寿・寿老人(中国出身)

長い頭が特徴の道教の神様で、福禄寿と寿老人が一体化しました。福禄寿は「福・禄(財産)」+「寿(長寿)」の神様で、見ると寿命が延びるといわれてきた南極星の化身。寿老人はその名の通り長寿の神様で、長命のシンボルの鹿を連れています。

布袋(中国出身)

七福神の中で唯一、人間だった神様です。もともとは中国の禅僧でした。担いでいる大きな袋は堪忍袋。我慢の限界をあらわす「堪忍袋の緒が切れる」は、温厚な布袋さんでも怒るくらい…という比喩なのです。太鼓腹に似合う大きな度量で、私たちの願いに耳を傾けてくれます。

七福神を巡る


七福神巡り

新年、七柱の神それぞれをお祀りする寺社を巡拝し、開運を願うのが七福神巡りです。参拝後には、神様をかたどった人形や御朱印などの授与品をいただき、七福神を揃えて我が家にお迎えします。さしずめ神様のスタンプラリーのようですが、そんなお楽しみもあって、七福神は江戸時代後期に大ブームとなりました。

江戸市中では上野から田端に点在する寺社をまとめた谷中七福神がもっとも古く、次に墨田川七福神や山手七福神が誕生しました。

やがて七福神巡りは全国に広まり、地名を冠した「〇〇七福神」が各地で生まれました。新年に参拝日が限定されている、お参りする順序が決まっているなどと七福神ごとにルールはさまざまで、土地に根ざした七福神巡りが親しまれています。

七福神を信仰していた徳川家康に、それぞれの神格を問われた高僧は「寿命(寿老人)・有徳(大黒天)・人望(福禄寿)・清廉(恵比寿)・愛敬(弁才天)・威光(毘沙門天)・大量(布袋)」と答えたそうです。

初 夢

1年のはじめに見る初夢は、一般的に1月1日の夜から2日の朝にかけて見る夢を指します。夢は神様のお告げによって吉凶を占ってきましたが、なかでも初夢は、1年を幸せに過ごせるという神様のお墨付きがかかっているので特別。そして、七福神は、吉夢を招くおまじないに力を貸してくれます。

江戸時代、新年になると市中には「お宝~!お宝~!」のお声が響き渡り、ある絵が売られました。人々がこぞって買い求めたその絵に描かれていたのは、宝舟に乗り込んだ七福神の姿。これを枕の下に敷いて寝ると、おめでたい夢が訪れるのです。宝舟の帆に悪い夢を食べてくれる想像上の動物・獏(バク)の字が書かれ、

長き夜の

とをの眠りの皆めざめ

波乗り舟の音のよきかな

という回文歌が添えられたものも登場しました。上下から読めることで終わりがないという縁起を担ぎ、「長き夜」は「永き世」に通じる言葉選び。これを寝る前に3回唱えるのも、吉夢を見るためのおまじないです。

現在、良い初夢の代表になっている一富士・二鷹・三茄子はそれぞれ「無事・不死」「高・貴」「成す」に通じる縁起物で、徳川家康に縁深い駿河(静岡県)の名産。天下人にあやかろうと、江戸時代からもてはやされるようになりました。